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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)517号 判決 1969年1月31日

原告 宮田義高

右訴訟代理人弁護士 花村美樹

被告 河村操一

右訴訟代理人弁護士 滝沢孝行

同 米沢保

被告 名古屋市

右代表者市長 杉戸清

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

右復代理人弁護士 大場民男

同 清水幸雄

主文

被告らは、各自、原告に対し、一、〇〇五、三〇〇円およびこれに対する昭和四二年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分しその二を被告河村操一、その一を被告名古屋市、その余を原告の負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告らは連帯して原告に対し一、六五八、二三九円、およびこれに対する昭和四二年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、原告の主張

一、原告は、昭和四〇年一一月二二日午前八時二〇分頃、千種区澄明山市営バス停留所から東区長塀町五丁目西行バス停留所まで赴くべく、名古屋市交通局那古野自動車運輸事務所所属の運転手小椋昇、車掌秋田広子が乗務担当する自由ヶ丘発名古屋駅前行市バスに乗車した。右バスは同八時四〇分頃東区長塀町五丁目西行市バス停留所の位置から北東(道路中心よりでかつ停留所をやや手前)二メートル余りの所に停車し、車掌秋田広子が降車を誘導したので、原告はこれに従い降車したところ、原告の左足が路上につく瞬間、同バスと同停留所との間を通り抜けようとした被告河村操一運転の第一種原動機付自転車に左側面より衝突され、宙に一転、左下脚部および左後頭部に裂傷および打撲挫傷等の傷害を受けた。

二、右事故は、市営バス停留所の直近場所に停車するにつき何らの差支えがないのに、運転手小椋が同停留所と二メートルも間隔を明けて停車した過失、市バス車掌秋田が降客の誘導にあたり後方から市バス左側を進行して来る被告河村操一運転原動機付自転車に対する注意を怠り、開扉すると共に原告らを降車させた過失、被告河村が市バス停留所附近に停車している市バスを認めながら、(かかる場合市バスから降車する客のあることは当然予想できるのであるから、一時停車あるいは進路変更などの措置を取るべきにかかわらずこれを怠り)市バス左側直近を進行した過失により発生したものである。

三、従って被告河村操一は不法行為者として、原告が本件事故により蒙った損害を賠償すべき責任がある。

また、本件事故は、小椋昇および秋田広子が名古屋市経営の運送事業執行中に、発生せしめたものであるから、被告名古屋市は使用者として、被告河村と同様損害賠償の義務がある。

四、本件事故により原告が蒙った損害は次のとおりである。

(1)  慰藉料 一、〇九五、〇〇〇円

原告は本件事故当時から名古屋東税務署間税課長の地位にあり、事故後一年間引続き治療に努めて来たが、夏季に扇風機の風に当ったり、気温が一七―八度に下ると左後頭部に疼痛を感じ、就寝中に目覚めることがしばしばあり、執務中細部にわたる思考、珠算計算等の事務処理能力の低下、音響、振動による頭痛等の後遺症に悩み、このまま推移すれば、現職より降職のおそれもある。

かかる状態に対する慰藉料としては、事故発生後三年間、一日一、〇〇〇円の割合による頭書の金額が相当である。

(2)  後遺障害補償 三八二、五三七円

(3)  諸雑費 五、三〇〇円

内訳

初診料   三〇〇円

診断書料  二〇〇円

通院費 四、八〇〇円(六七回分)

(4)  得べかりし利益の喪失額 一七五、四〇二円

原告は本件事故による後遺症等のため、収入が昭和四二年から同五〇年まで二二〇、五四〇円減少する見込みでこれを年五分の割合による利息を差引き、現価に直すると頭書の金額となる。

五、よって原告は右損害合計額一、六五八、二三九円およびこれに対する本件事故後の昭和四二年一月一日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の賠償を被告らに対し求める。

六、原告が被告河村から、その主張金員の支払い受けたことは認める。

第三、被告河村操一の主張

一、原告主張の日時場所において、原告と被告河村操一間に交通事故の発生したこと、右交通事故が市バス運転手および車掌の過失により発生したことを認める。原告その余の主張事実を争う。

本件事故発生について、被告河村には過失はない。即ち、被告河村は、原告主張の日時に第一種原動機付自転車に乗り、東区長塀町五丁目の市バス停留所に向け西進していたとき、原告の乗車する市バスが被告河村を追い抜き、前記停留所の手前で停車するや否や、市バスの乗降口が急に開き、原告が前後も確かめず急に飛降り、被告河村の上半身に衝突して来たものである。

以上の事故発生当時被告河村は、市バスが停留所のわきに停車し、乗降を開始するならば、何時でも停車しうる速度で進行していたもので過失はなく、本件事故は原告主張の市バス運転手および車掌の過失および原告が降車に際し後方を確認せず飛降りた過失に基き発生したものである。

三、本件事故により被告河村もまた転倒したため、事故後二、三日は節々が痛む状態であったが、原告から再々呼出しを受け示談を強要され、原告入院中の部屋代および雑費合計一六、八六〇円を原告に、治療費二、四五九円を国税局診療所にそれぞれ支払った。

第四、被告名古屋市の主張

一、原告の主張する運転手小椋および車掌秋田乗務の市営バスに乗っていた原告が、原告主張停留所で降車したところで、被告河村操一運転の原動機付自転車と衝突したこと、および原告が名古屋東税務署間税課長であることは認めるが、原告その余の主張事実は全て争う。

二、本件事故は市バス停留所から三メートル余り離れたところで発生したものであり、停留所と市バスとの間で原告降車の際に発生したものではない。従って、被告名古屋市は本件事故発生と何らの関係もなく、何らの責任もない。

第五、証拠 ≪省略≫

理由

一、(本件事故の状況)

原告主張のころ、原告と被告河村操一運転の原動機付自転車とが、市バス長塀町五丁目停留所付近で衝突したことは当事者間に争いがない。

そして≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故当時、本件事故現場附近の道路南側は巾員拡張工事中であって、右拡幅部分は未舗装ではあるが、一応道路に近い状況となっていた。しかし右拡巾された部分は本件バス停留所附近だけで右バス停留所の東方約一一メートルのところからは、未だ拡巾されない旧路面に沿って、南側に板塀が設けられたままになっており、また右バス停留所から西約四二メートルのところから西方もまだ拡巾されていなかった。

ところで右拡巾部分を除いた旧道路は巾員約一五メートル(他に道路北側に歩道が設けられている)の道路であって、その中央には市電軌道が走り、交通頻繁なところである。

(2)  市バス運転手小椋昇は車輛巾員約二・五メートルの大型バスを運転して西進し、長塀町五丁目バス停留所(右停留所は旧道路の南側にあり、その南側には拡巾部分がある)の北側に、右停留所標識と五〇ないし三〇センチメートルの間隔をおいて停車し、右バス車掌が開扉したので、原告は右バスから降車したところ、二、三歩も歩かないうちに被告河村操一運転原動機付自転車と衝突して路上(右拡巾部分)に転倒した。なお市バス車掌秋田広子は被告河村の進行には、右衝突に到るまで気付かなかった。

≪証拠判断省略≫

(3)  被告河村は第一種原動機付自転車に乗り時速約二〇キロメートルで進行中、市バスに追越され、バスのすぐ後に続いて進んでいたところ、市バスが前記停留所に停車したが、乗客が降りる前に市バスの左横の道路拡巾部分を通り抜けられるものと考えそのまま進行したところ、原告が市バスから降りて来て衝突し、バスの乗降車口から約三メートル離れた前記道路拡巾部分に転倒した。

(4)  以上認定の事実に基き、本件事故関係者の過失を考える。先ず被告河村には、停留所に停車したバスから客が降りるであろうことは充分予測しうるところであるから、充分に徐行しバス左側から離れたところを進行するか、或いはただちに停車するなどして、事故の発生を防止すべき義務があるのに、これらの措置を取らず、時速約二〇キロメートルの速度のまま、バスから降りた原告と衝突するようなところをそのまま進行した点で重大な過失のあること明白である。

次に市バス乗務員の過失を考えると、市バス運転手小椋昇にはその停車措置について過失を認めることはできないが、前記のように道路巾員拡張工事が行なわれ、右拡巾部分がなかば道路のような状態になっていて、右停留所が歩道と接しておらず道路の中にあるような場合、市バスの車掌は市バスの左側へ出てこれを追抜いて行く車輛のあり得ることも考え、予じめ市バスが追抜いた車輛の有無を確かめ、停車後も追抜き態勢にある車輛の有無など客が安全におりられる状況かどうかを確かめた上、扉を開き降車の誘導をすべきであるにかかわらず、かかる措置を充分に取らず、原告と被告河村が衝突するまで被告河村の進行に気付かなかった点で過失があるといわねばならない。

最後に原告の過失について見ると、確かに市バスから降りるにあたり原告が左右を確かめた上で市バスから降りていれば本件事故は発生しなかったであろうにとの恨みはあるけれども、市バスが停留所で止り、車掌の降車の指示により降りる者に対し、かかる注意を求め、かかる注意を果さなかった点をとらえて過失ありとすることは車輛運転者の注意義務をいたずらに他に転化するもので穏当を欠き、過失相殺をなすべき過失が原告にあったとすることはできない。

二、(原告の蒙った傷害)

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は本件事故により頭部挫傷および左下腿挫創の傷害を受け、以後名古屋国税局診療所、名城病院、国立名古屋病院橋本外科(以上いずれも外科)および中京病院(耳鼻科)と各病院医師の診察および治療を受けた。その治療期間中、原告は、名古屋東税務署での勤務時間のうちから、事故当日から昭和四二年三月まで延べ九三二時間(換算日数一二七日)に及んで休暇を取り、入院して治療(但し痔の手術による入院も入っている)を受けたこともある。

(2)  右外傷による後遺症のため、原告は頭痛頭重耳鳴を訴えているが、脳波検査、脳神経学的検査によれば著変が認められず、右頭痛等の愁訴は次第に軽減してはいるものの、今後も後遺症として残るものと認められる。

(3)  原告の勤務先である国税局では原告の右愁訴および医師の診断により、原告に対し昭和四一年三月一四日から同年一二月二八日までの間超過勤務、休日勤務、宿日直勤務および出張を禁止し、勤務時間を四時間ないし六時間に制限し、昭和四二年七月一日には、勤務先を名古屋国税局総務部統計課総務係(併任名古屋国税局間税部国税実査官)に配置換をした。

三、(損害)

本件事故が、営業中の市バスの乗客である原告が、前記バス停留所で降車したところで発生したことは当事者間に争いがなく、右事故が先に認定したとおり被告名古屋市の職員である車掌秋田の過失に起因するものであるから、被告名古屋市は秋田の使用者として、被告河村は不法行為者として、共に、本件事故により原告が蒙った損害を賠償すべき義務がある。そこで本件事故により原告が蒙った損害額を以下検討する。

(1)  諸雑費 五、三〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故による治療のため初診料、診断書料および通院費として、頭書の金額を負担したことが認められる。

被告河村操一は、原告に対し治療費、部屋代および雑費を支払った旨主張するが、右主張の支払金は前記諸雑費外の部屋代や治療費であることは≪証拠省略≫から明らかであるから、被告河村の右支出分は、前記諸雑費から控除すべきものではない。

(2)  得べかりし利益の喪失額

原告は得べかりし利益の喪失額につき、その主張に沿う供述をなしているが、右供述を支持するに足る客観的証拠はなく、右原告の供述のみを以ては未だ原告の得べかりし利益の喪失額を特定することができないから、この点に関する原告の主張は排斥する。

(3)  後遺症補償

原告は後遺症補償を得べかりし利益喪失と併せて請求しているが、後遺症補償とは後遺症により得べかりし利益の喪失が見込まれる場合の右喪失額に対する補償額を主とし、他に後遺症による精神的苦痛に対する慰藉料の意味も含まれているものであり、得べかりし利益の喪失額に対する賠償および慰藉料請求と並んでこれと別に請求しうべき筋合のものではない。

ところで本件において原告は右三者を併存請求しているが、そのうち、得べかりし利益の喪失額については全くこれを特定し得ないこと先に述べたとおりであり、右後遺症補償と原告の称するもののうち慰藉料に当るものについては次に判断する。

(4)  慰藉料

これまで認定して来た原告の傷害、治療期間、後遺症、これら事情が原告の職業に重大な影響を及ぼしていること、そして右事情を総合すれば原告収入についても相当な影響があることが首肯しうるが、先にも述べたとおりその得べかりし利益喪失額を特定しがたいこと等諸般の事情を考慮すると、慰藉料は一、〇〇〇、〇〇〇円と定めるのが相当である。

四、以上説明して来たところによれば、原告は被告らに対し一、〇〇五、三〇〇円およびこれに対する本件事故発生後である昭和四二年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求め得べく、右の範囲で原告の請求は理由があるから、これを認容し、原告その余の請求を棄却し、訴訟費用は四分してその二を被告河村に、その一を被告名古屋市、その余を原告に負担せしめることとし、本件については仮執行の宣言を付するのが相当と認められるので職権によりこれを付することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 渡辺公雄 磯部有宏)

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